時空戦記 外伝一 −Condition of Hero−

 

Written by RISC

 

 

 

 二人の男は狭い部屋の中にいた。

「俺もここまで来たか」

「まったく、ご苦労さんだったな」

「ああ、苦労したよ。俺はもともと艦隊司令官なんてガラじゃない。本当だったらどこぞの航空会社でもいってぎりぎりまで飛んでいたかったな」

「ははは、俺もだ」

「あんな事がなければな、こんな窮屈なことにはならなかったよ」

「ああ、その点はお前がうらやましいよ。俺より誕生日が早いだけその分早く開放されるのだからな」

「ははははは、でもお前はその代わり俺よりいい暮らしはできるぞ」

「そうさせてもらうよ。天からの贈り物だったからな」

「押し売りだけど、ありゃ」

「まったく、あの事はな」

 

 

 

「どうしてそんなことになったのかね?」

「先ほどから申し上げている通りその原因はいまだにつかめておりません。オルフォスの質量を間違って計測したためか、あるいはオルフォスの裏側に、このセリシ並みの大質量があったのかもしれません、国務長官」

「宇宙人論争などは関係ない。君のところ、宇宙開発局のシステムに問題があったのかどうかだ!」

「長官、それくらいでもういいだろう。それよりも局長、問題はその先なのだな」

「はい大統領閣下」

 大統領官邸に数人の男たちが集まっていた。いつものメンバー…大統領、国務長官、陸軍軍令本部長、海軍参謀総長、空軍作戦本部長は当然のようにいたのだがこれに加え、戦争が始まって以来予算が削減されつづけていた宇宙開発局長の顔があった。

 

この星、セリシ星では戦争が始まって以来もう六年が経過していた。

本土は狭いがかつて世界のあちこちに植民地を持ち、今ではその全てを州として成立したダルケス連邦。

この星で二番目の大きさを誇るイユ大陸の全てを領土としたエビズドル共和国。

この二大大国が赤道直下のセバスチャン諸島をかけて戦い始めたのが今から六年前のことであった。

 

二〇年くらい前からあった「宇宙熱」は、ダルケスの有人宇宙船打ち上げ成功の三ヶ月後に行われたエビズドルによる初の船外宇宙遊泳によりダルケス、エビズドル両大国の威信をかけた宇宙開発競争にいよいよ一層拍車をかけた。この競争は当然宇宙兵器開発でも行われ、スパイ衛星はもちろん、炸薬を詰め込んだ、通称“弾頭衛星”なるものまで開発された。そのうち宇宙を飛ぶ戦艦でも作るつもりではないのか、などと冗談とも本気ともつかない噂話が飛び交うまでにもなった。

しかしこれらの宇宙兵器はあっという間に姿を消す。いくら大国とはいえ、軍事予算が国家予算の四〇パーセントを越えるという異常な状態を国民も経済も許しはしなかった。

結果的に結ばれたのが「宇宙空間平和利用条約」であった。これは宇宙兵器を一気に全廃し、これから起こりうる宇宙空間での戦闘および宇宙空間からの地上への直接攻撃を禁じるというかなり思い切った条約であった。ここで言葉の妙であると言える点が名前は「平和利用」であっても「軍事利用禁止」ではないところである。これは国民の宇宙への関心を継続するため、そのような政府発表がなされたが、明らかに宇宙産業で肥えた企業連合の圧力があったことは言うまでもないことであった。これ以前に締結された「核兵器全面禁止条約」によりその立場が危うくなっていた彼等…企業連合にとって新たなる命綱を失うわけにはいかなかったのである。

もっとも、このような努力が実を結ぶことは少ない。技術革新のペースが落ちることは誰の目から見ても明らかであった。

しかし、宇宙開発は意外なことから継続されていった。

この星の太陽に当たる恒星オルフォス方面から不自然な電波が観測され始めたのだった。「オルフォスに異常があったのではないか?」「オルフォスの裏側に宇宙人がいるのではないか?」そんな話題が世間をめぐった。しかもこの現象、観測されたのが一回限りでなく、恒常的に観測されたことがこの話題を一時のブームに終わらせることを無くしたのであった。

 そしてダルケスはついにオルフォス観測無人探査船<サードスパール>を打ち上げた。この衛星は恒星観測のために作られただけに耐熱装甲は半端なものではなく、厚さで比べるならば、ダルケスが半世紀前に建造した巨大戦艦<バーミリオン>のそれを上回るとすらいわれていた。<サードスパール>はオルフォスに近づき、アンテナなど、装甲を張れない部分がお釈迦になる寸前までデータを送り続けた。そしてその後は、宇宙人に出会ったら、などという淡い期待を載せたレコードをしまい込んだ装甲の塊としてオルフォスを通過後、オルフォス星系を離脱していく予定であった。そして最後の通信を絶ったのが今から八年前であった。

そしてその二年後、今から六年前に独立国であったセバスチャン諸島で起こった内戦に介入する形でダルケス、エビズドルが戦争を始めたのであった。

両国の目的はセバスチャン諸島最大の島、セリカ島の膨大な地下資源、そしてここに軍の根拠地をおくことにより握ることができるセリシ第三の大洋であるゾーイ洋の制海権、さらには赤道直下であることによる宇宙港の建設などさまざまなメリットであった。

 戦いは熾烈を極めた。核分裂反応弾、および核融合弾が国際法で全面禁止とされている以上、通常戦力同士の激突となったのは当然の結果であった。両国内では大規模な徴兵が行われた。大艦隊による海戦も起こった。試作中の戦略爆撃機も投入された。だが戦いは平衡状態を保ちつづけた。それでもセリカ島には両国首脳を引き付ける魅力があった。そして時だけが流れていった。

六年という時間は短くなく、大国の経済を疲弊させ出すには十分であった。両国の世論は停戦へ傾き出していた。両国首脳達もそれを望んだ。だが一度始めてしまった全面戦争をそう簡単には終わらせることはできなかった。軍需産業企業体がそれを許すことはなかった。そして彼らの意見に対抗できるほど、世論は固まってはいなかった。戦いは勝ったり負けたりが交互になっており、「この戦いは勝てるのかも」、そんな淡い期待も国民にあったことも事実であった。

両国首脳は停戦へのきっかけを欲していた。

 

「局長、それは間違いないのだね?」

 大統領が宇宙開発局長から聞かされたことは、一度報告書を受けたとはいえいまだに信じられないというのが正直な感想であった。かのオルフォス観測衛星<サードスパール>がセリシへと向かっており、このままではセリシに衝突するのだという。

「しかし局長、たとえ衛星がセリシに戻ってくるとはいえ、大気圏で燃え尽きてしまうのではないのかね?」

空軍作戦本部長が口を開いた。

「通常の衛星ならばそのとおりです。…しかし<サードスパール>の装甲はその程度では、良くてせいぜい五パーセントが溶ける程度だと報告を受けています」

「局長、君がわざわざここに来たのはそんな事を言うためではないのだろう」

大統領が促した。

「はい、実は先日予想落下地点が判明しました」

「どこなのだね? まさか…ここかね?」

「いいえ、ルーツクスです」

「ルーツクス? …あのエビズドルのか?」

「はい」

それを聞いた軍トップ達は一瞬表情が明るくなったが、すぐに“あること”に気づき、極めて厳しい表情となった。大統領は始めから暗い表情であった。

純軍事的に考えるのであればエビズドルの首都バスコーに次ぐ第二の工業都市ルーツクスに大打撃を与えられることは喜ばしいことである。政治的打撃もかなりのものである。

しかし、その政治的打撃が問題である。…強すぎるのだ。衛星が超高速で地表に、しかも都市部に直撃すればその破壊力はすさまじいものとなり、多数の死傷者が市民から出ることは容易に想像できた。さらには衛星に内蔵された原子力電池が都市の中心でバラバラになった場合、周辺地域への放射性物質による汚染も十分にありうる。そうすれば「宇宙空間平和利用条約」に違反して衛星攻撃を行ったとしてだけでなく、全面禁止の核攻撃まがいのことを行ったとして、国際的に白い目で見られることが考えられた。

しかし本当に恐れるべきはエビズドル国内の世論が戦争継続に傾くことである。こうなってしまってはダルケスが手を出せなくなり、それにとどまらずエビズドル政府自身が戦争継続へと傾きかねないからであった。

このような状況は両国首脳にとり容認しがたいことであった。

「局長、われわれに残された時間は後どれだけなのか?」

「今日からちょうど一年後です」

「…私が選挙活動を始める前か…我が愛すべき国民は私をちょうど良い時期に当選させてくれたものだな。任期が長いことを怨んだのは始めてだよ…空軍作戦本部長、衛星迎撃は可能なのかね?」

「ミサイルで撃墜するしかないでしょう。しかし通常のミサイルでの衛星迎撃はできません」

「我が国では、知っての通り、対衛星兵器の開発はあの条約のおかげで試作段階においてストップしたままだったようだが…新しいミサイルを一年で完成させることは出来るとは思えないのだが」

「試作段階で放棄されたものに手を加えてどうにかするしかないでしょう…毛を生やすくらいならば出来ます」

「出来なければ負けだよ…」

 こうして衛星迎撃プロジェクトは開始された。

 

 一年、それが長かったか短かったかは人それぞれの主観による。しかしここに集った男達にとってのこの一年ほど意見の分かれる一年はなかったであろう。

「…君たちの任務は知っての通り<サードスパール>の迎撃である。チャンスは二回、搭載されたミサイルと同じだけだ! 今までの苦しい訓練を思い出せ! 選ばれた君たちならば必ずやってくれる、そう信じている。以上」

格納庫の前で司令官が搭乗員を前に訓示を行う。よくある出撃前の光景である。だが実際、搭乗員は二人しかいなかった。いや、実際のところ搭乗員数は九人いたがそのうちの七人は既に自分達の機体…爆撃機に乗り込み、出撃前の最終チェックを行っていた。残った、周りにいるのは研究者や軍の中でも「高官」に属する人々がほとんどであった。訓示が終わると搭乗員の二人は滑走路へ向かって歩き出した。

「選ばれた…か、笑わせやがって」

 戦闘機の操縦士ガルエル=モーリスが言う。

「言うな。システムに無理があったとはいえ、これしか方法はなかった。時間が無かったんだ」

 それに対し、レーダーオペレーターのフリカルス=ヌシヤムキが宥める。複座の戦闘機ならではの光景であった。だが、あまり納得はしたくない、そんな表情だった。

「チャンスは二回だぁ? パイロットをすりつぶした奴等の言うことじゃねぇ!」

滑走路には航空機が一機、いや正確に言うのならば二機、翼を休めていた。六基のジェットエンジンを機体後部に集中配置した高速戦略爆撃機。この戦争にて初陣を飾った機体である。しかし初陣から4年も経つと新型とは言えるものではなかった。上空から見たその姿は鋭い三角形としか表現できない、独特のフォルムであり、横から見ると突起物は二枚の、機体の大きさに比べ、小さ目の垂直尾翼のみというかなりのっぺりとした印象を与える機体であった。だが今日は突起物が増えていた、いや突起物というよりも見た目は上部構造物と表現すべきかもしれない。爆撃機の背中にあったものは戦闘機であった。この海軍の複座の大型艦上戦闘機VFA−27は爆撃機とは対照的に直線的なデザインの上、双発、双尾翼形式が更にそのシルエットをごついものとしていた。もともとの開発目的は敵…エビズドルの戦略爆撃機を大遠距離で迎撃するために作られた、対艦ミサイル並みの大きさを誇る大型対空ミサイルHM(High−altitude−Missile)−15の発射母機として作られただけにペイロード(兵器搭載量)はかなり大きく、その事もこの機体をごつく見させる要因ともなっていた。だがその胴体下に吊るされたものはHM−15よりも大型の、二発のミサイルであった。この一年間で、どうにか使い物にはした、対衛星ミサイルHMX−12である。「宇宙空間平和利用条約」によって計画途中で開発が中止された設計図に“時間が許す程度の”改修を加えたものである。そうはいっても形式番号のXからもわかるように、正式採用される前の段階の試作型、所詮はその程度の完成度であった。だがその弾頭は対艦ミサイルのそれを改修したものに交換されていた。通常の衛星ならば弾頭を近くで爆発させ、その爆風で叩けばそれで終わりである。しかし“装甲衛星”<サードスパール>を破壊するにはその装甲を貫徹し、内部から破壊する必要があった。そのためにミサイルを文字どうり“命中”させる必要性があった。つまりは命中率の大幅な減少を意味するものである。核弾頭の装備も検討された。しかし核兵器を使用する事自体がタブーである以上それは断念された。超高々度でそれを使用した場合確実にエビズドルにばれるどころか、被害さえ与えうるからである。理由はEMP(Electro−Magnetic−Pulse)…電磁パルスである。核爆発のような巨大エネルギーが空気粒子を叩いたときに空気がプラズマ化して、強力な電磁波を発する。その電磁波の広がる地域内はちょうど電子レンジの中にあるような状態となり、ラジオ、テレビはもちろん、レーダーや情報ネットワーク機器などの軍用の電子機器ですらいとも簡単に破壊してしまう。これでは敵…エビズドルの司令中枢を叩くのと何らかわりない効果があると言える。しかも超高々度での核爆発となればEMPの範囲はエビズドル全土を覆い尽くすほどにもなりかねない。これでは衛星を落とすのと結果的にはあまり変わらない。断念されて当然であった。

 

戦闘機の背中には機体の半分くらいの大きさの大型ロケットブースターまでが装備され、もともとただでさえごついといわれていた戦闘機はさらにごつくなっていた。無論のこと、このブースターとてお蔵入りとなっていたのを引っ張り出してきたものである。

 

 作戦内容はこうであった。始めに爆撃機で高々度まであがり、予定高度に達したところで戦闘機を分離、戦闘機は追加装備されたブースターで更に上空へ昇った上でHMX−12を発射、大気圏外で<サードスパール>を撃破することになっていた。海軍機が使用される理由もそこにあり、超高々度でミサイルの誘導を行えるのはその高度にたどり着いたもののみ。つまり発射母機となるわけであるが、その任務に耐えうるほどの強力な武器管制システムを有し、なおかつ大型ミサイルを運搬できる戦闘機はVFA−27のみであったためであるからだ。時間の節約のためパイロットも海軍から選出された。通常の任務であるならばこれは空軍の面子は丸つぶれとも言えるほどのことである。しかし面子が…などと言う余裕はまったく無かったため、空軍もしぶしぶ了承したのであった。

 

だが爆撃機の上に戦闘機を載せるなどという親子飛行機が安定した飛行システムではないことは明らかであり、その上にロケットブースターを追加となれば不安要因はさらに大きくなる。開発は当然難航した、いや兵器開発自体は大した技術ではない。一度は設計が終わったものを多少いじる程度のことであったためである。むしろ“開発”に難儀したのは対衛星ミサイルHMX−12を発射するまでのシナリオであった。要するに、命中率等を含めた、兵器運用システム自体の安定性が最大の障害となっていた。だが彼等には時間が無かった。各地からエースパイロットと呼ばれるもの達を集めた。始めは二〇人いた。爆撃機要員を含めると九〇人であった。しかし、このような不安定なシステムが計画どうりにことが進むのを邪魔しないことはありえなかった。

 

事は七ヶ月前にさかのぼる。その日の訓練に集まった者は一四人であった。その中の誰一人として明るい表情をしたものはいなかった。前日の訓練での出来事が忘れられないからであった。

 

戦闘機を背負った爆撃機一〇機は日ごろの訓練の通りに一番機から順に飛び立ち、高度五〇〇〇メートルで雁行隊形を組みさらに高度を上げていった。まもなく爆撃機から戦闘機が飛び立つ高度に達した。しかしこの日はいつもとは勝手が違っていた。

この日は追加ブースターを装備しての初の訓練であった。一番機からブースター点火命令が全機に伝達された。ガルエルとフリカルスの乗る九番機、最左翼の機体にも軽い振動が起きる。そして発進開始、その時である。一番機が突如大爆発を起こしたのであった。点火したばかりのブースターにはまだ大量のロケット燃料が残っており、凄まじい爆発となった。四番機以降は何とか難を逃れることが出来た。しかしすぐ後ろを飛んでいた二番機と三番機は爆発を避けようとしたところ空中衝突を起こし木端微塵となってしまった。

この事故の原因は燃料パイプに異常があったのではないかと言う説が採用され、それで決着をつけることとなった。

しかし悲劇はこれだけにとどまることはなかった。

 

 事故から一ヶ月が過ぎたときのことである。事故の調査が一段落ついたかどうか、というところでブースター付きの訓練が再開された。彼等には一刻の猶予も許されなかったのである。一番機、二番機、三番機は難なく飛び立っていった。無論ここで言う一番機などは事故で失われた機体、人員ではなく、四番機以降がシフトしたものであり、編隊は全部で七機であった。そして四番機、旧七番機が滑走をはじめたときである。爆撃機の一番前の降着装置、車輪につながる柱が折れて吹き飛んだのであった。いくら戦略爆撃機とはいえ、大型のロケットブースターをつけた大型戦闘機を背負い、なおかつ、訓練のためとは言え、連日酷使されていれば…十分考えうる事故ではあった。十分考えうることがおきただけ、それだけのことである。四番機はつんのめりながら滑走路を滑っていき、その運動エネルギーを熱エネルギーへ変換していった。そして爆撃機自身の燃料に点火、火だるまになり、すぐに戦闘機の追加ブースターのロケット燃料にも引火、爆発した。この事故で奇跡的に脱出できた爆撃機乗組員一人を除き全員が殉職した。つまりこの八ヶ月で三五人が殉職したのであった。

 

 通常の兵器体系でこれほどのリスクを負うものは直ちに廃棄されるのが当たり前である。人員、兵器ともにただではないのである。兵器には高価な電子機器が積み込まれているのであり、当然ではあるが、人員とてその訓練には莫大な資金、そして時間が必要であるのだ。だがここまできてもこの不安定なシステムが廃棄されることはなかったのである。このシステムはここまでしても必要とされていた…いや、期限まで四ヶ月と迫った今ではもう手後れであった。新システムの開発にはどう見積もったところで三ヵ月、現在のシステムが完成に一番の早道であったことを考えるとそれ以上の時間がかかるのは火を見るよりも明らかなことであり、さらに訓練時間を含めるとそれどころでは無くなってしまう。

 

その後も悪夢そのものと言える訓練は続き、爆発、空中衝突などでさらに八人が、最終段階訓練中に二人が殉職してしまった。そして残りのメンバーは次々にこの作戦を辞退、結果的に“選ばれた”のが最後の二人、ガルエルとフリカルスであった。

 

 二人は滑走路へと歩いていった。いつもの見慣れた、奇妙な親子飛行機がそこにはあった。大型の艦上戦闘機を背負って離陸できるほどの機体だけあり、いつ見てもその巨大さには圧倒されかける。二人は爆撃機の背中に乗った戦闘機を見上げた。その翼下には方舷に一発づつ、両舷で合計二発のHMX−12対衛星ミサイルがぶら下がっていた。さらにその上にはロケットブースターが寝そべっていた。戦闘機にはしごをかけ、始めにフリカルスが乗り込み電子機器の最終チェックに取り掛かる。その間にガルエルも乗り込み、キャノピーが閉められた。

「レーダーシステムチェックOK、FCSモードチェック…ミッション高々度迎撃戦モード、ロックオンシステム問題なし。ミサイル作動確認…よし!」

「可変翼稼動チェックOK、フラップ作動確認。室内気密状態良好、ロケットブースター制御システムオールグリーン…シューティングスター07よりマザーバード07、ワレ出撃準備完了」

 ガルエルがラジオコードで下の親亀…爆撃機に対して通信を行う。ラジオコードは七番機のときのままであった。

「こちらマザーバード07、了解。マザーバード07よりジオフロント。ワレ出撃準備完了、離陸許可されたし」

 ガルエルらからの報告を受け、爆撃機から基地司令部に対し更なる報告を行う。

「ジオフロントよりマザーバード07、現在北北東の風五メートル。離陸に差し支えなし。離陸を許可す。武運ヲ祈ル」

「シューティングスター07よりジオフロント、ワレ誓ッテ大戦果ヲ掲グ」

 

「…戦果を上げないわけにはいかないじゃないか…目標は立った一つの衛星…戦果は大戦果か、失敗か…それだけだ」

 ガルエルがつぶやいた。

「ああ…たった一機の七番機…はずしたら先に行った奴等に申し訳が立たないからな」

 フリカルスが静かに答えた。

 

 いささか古めかしいやり取りの後に爆撃機が通信を行う。

「マザーバード07よりジオフロント、これより離陸開始す」

 

 大鳥はその銀翼をひらめかせ滑走路へゆっくりと滑っていった。六基のジェットエンジンがその咆哮を更に大きくしていった。その咆哮が頂点に達したとき、その足は大地と決別した。親子飛行機はその鈍重そうな外見からは想像もつかないほど滑らかに機首を徐々に上方へ向け、三〇度の角度を以って、極めて順調に搭載燃料の化学反応エネルギーを位置エネルギーと運動エネルギーへ変換していった。

 

「マザーバード07よりシューティングスター07、残り七五秒にて分離地点到達。ロケットブースター安全装置解除、スロットル出力上昇開始」

「シューティングスター07よりマザーバード07、ロケットブースター安全装置解除、スロットル出力上昇開始」

 ガルエルは通信に対し復唱しながら座席の脇に応急的に取り付けられたロケットブースターの安全装置…レバー型のスイッチを押さえる細い銅線を断ち切り、戦闘機自身のジェットエンジンのスロットルレバーをゆっくりと前に倒していった。これからの作業がもっとも危険な作業である。全九人の搭乗員達は通信の一言一言にも緊張の糸を張り巡らせていた。そして長くもあり、短くもあった六〇秒が過ぎた。

 

「マザーバード07よりシューティングスター07、分離まであと一五秒、カウントダウン開始…一〇、九、八、七、六、五、四、三、二、一、分離!」

 戦闘機と爆撃機をつなぐ固定装置が解除された。衝突を避けるため、すぐさまガルエルは操縦桿を手前にひき戦闘機の機首を上げて高度を上げ、爆撃機は機首を下げ、高度を落としていった。

「マザーバード07よりシューティングスター07、頼むぜ!」

「シューティングスター07よりマザーバード07、任しておけ!」

 フリカルスが爆撃機への返答をするや否やガルエルはスロットルレバーを前に倒し込んだ。アフターバーナーを点火させたのである。そしてすかさずロケットブースターに点火、機体は凄まじい加速をし、ガルエル、フリカルスの二人にはそれ相応のGがかかる。

 

 機体はかなりの高度まで上昇した。あまりの高度のため空気が希薄すぎてジェットエンジンの出力が徐々に低下をはじめる。

「フリカルス! レーダーの反応は?」

「まだだ!」

「ジェットはそろそろ持たんぞ!」

「…! レーダーに反応、予定通りの位置だ!…おや、輝点が二つ?」

「どうした?」

「…消えた?…いや、なんでもない」

「よーし、ミサイル発射安全装置解除!」

「目標、ミサイルレンジ内に進入。ターゲットロック…今だ!」

「第一射発射!」

 ガルエルは操縦桿のボタンを押した。ミサイル発射のボタンであった。翼下に吊るされた大型ミサイルは機体から切り離され、白煙をひきながら飛んでいく…はずであった。だが、なんの反応も無い。ミサイル自身のシステムエラーであった。ガルエルは何度かボタンを押したが、まったくの無駄であった。

「畜生!こんなときに限って!…投棄!」

 自らの推進力をもって高度を上げていくはずであったミサイルは機体から切り離された後に重力任せに下へと落ちていった。

「ん…」

「なんだフリカルス」

「<サードスパール>に対し正体不明の小型物体が高速接近中」

「かまうな!二発目を行くぞ!」

「データ修正をする。少し待て」

「ちっ、ロケット燃料がもう無い。ブースターを切り離し、後は惰性に任せる。ブースターパック強制排除!…急げフリカルス!」

「あわてるな…座標軸固定、ターゲットロックオン…よし、ぶっぱなせ!」

「いけぇー!」

 ガルエルは思い切りボタンを押した。翼下に取り付けられた大型ミサイルは大量の白煙をひきながら天空へと駆け上っていった。機体は失速し、高度を下げ始めたがガルエルはミサイルの行く先を見つめていた。フリカルスはレーダーの輝点を睨みつけていた。だが二人は気がついていなかった。ほとんど推力を失っていた機体はミサイル発射の時点で既に失速が始まっていたことに…修正された射撃データはすでに修正されるべき対象となっていたことに…。

 

無論のこと地上の基地はおろか、ダルケス大統領すら国防省の中央指揮センターのレーダーでこの光景を祈るようにしてみていた。だが地上のレーダーでは完全に状況をつかみきることはできなかった。あまりの高度による、レーダー性能の限界であった。そのような雰囲気を肉眼で確認することの無いフリカルスはあることにもっとも早く気づいた。

 

「…このコースでは…外れる…」

「なんだと!…ここまで来たのに…」

「…だめだ…もう無理だ」

「ド畜生ォォォォ!」

 ガルエルは叫んだ。そしてミサイルが<サードスパール>と接触する予定の時は来る。だが予想通り、命中はしそうにない…。

「…ここまでか…ん…なに!」

「…どうしたんだ、フリカルス…」

「さっきの正体不明物体が…あっ!」

 ミサイルが<サードスパール>の横をすれ違ってすぐであった。

「なんなんだ」

「<サードスパール>に激突! 正体不明物体はロスト! <サードスパール>は軌道を変えた!」

 

 さらにしばらくレーダーを覗いていたフリカルスが叫んだ。

「おお…<サードスパール>は大気にはじかれ、落下はしてこないぞ!」

「よっしゃぁ!」

 二人は心の底から喜びを感じていた。任務達成。死んでいった仲間の無念を晴らした。そんな満足感が二人を包んでいた。

 

 やがて地上との通信が回復し、さっそく通信が入った。だが二人が予想していた、地上基地司令部からの通信ではなかった。大統領であった。

 

「おめでとう。さすがは選ばれた英雄達だ」

 

 選ばれた英雄、その言葉を聞いて二人の表情からは、先ほどの明るさは消えた。

 

 その後の調査で<サードスパール>に激突した正体不明の物体は六年前に打ち上げられたものの故障して衛星軌道上に廃棄されていた気象衛星<リーフェV>であった。激突で<サードスパール>の軌道がそらされ、石が水面を飛ぶようにして、大気の層にはじかれた<サードスパール>はもう二度とセリシへ戻ることの無い軌道をとり、宇宙人がいるかも知れない、はるか彼方へ旅立っていった。<リーフェV>は粉々に砕け散り、すべての破片は大気圏突入の際の摩擦熱で燃え尽きた。

 

「…と、そういうわけだ」

 われから一ヵ月ほどしてガルエルとフリカルスは大統領官邸に招かれ、宇宙開発局長から事の真相が聞かされた。そして一枚の賞状が手渡された。

「大統領閣下、これは?」

 ガルエルが尋ねた。

「エビズドル首相からの感状だ。エビズドル国民を救ってくれた君たちに対するね…」

「ですが閣下、あれは<リーフェV>が…」

「我が国と、エビズドルの状況は分かってはいるのだろう。君達は選ばれた英雄なのだよ」

 大統領の言いたいことはこうであった。ダルケスとエビズドル共通のシンボルを作り上げ、世論を引っ張って行き、一気に停戦へともちこもうと。あわよくば戦後にも大衆操作のために働いてもらおうと。

 

 大統領官邸を出たガルエルは言った。

「なぁ、フリカルス。英雄になるための条件ってもんが今わかった気がするよ」

「戦いと、戦果と、偶然と、時の政府の意向」

「そして…仲間の血だ」

 

“選ばれた英雄”にさせられた二人は破格の出世コースを歩む。空母、そして戦艦などの大型主力艦の艦長を歴任、そして艦隊参謀長。最後には常備中央艦隊司令長官などの実戦部隊の要職に就いていく。もっとも、政治力のあるポストはすべて避けられていたが…。

 

いつしか時は流れ、三五年が経過し現代に至る。

 

「“ゴミ”に人生が狂わせられるとは思わなかったよ、まったく」

「“ゴミ”か。もっとも、あの“ゴミ”で喜んだ奴等は多くいたみたいだがな」

「喜ぶ奴等がいなけりゃ良かったんだよ」

「喜ばれることをしたんだよ、俺達が」

「そうさせられたんだよな」

「そうさせられたんだよ」

常備中央艦隊旗艦戦艦<バーミリオン>の長官公室で、これから退任式に赴く常備中央艦隊司令長官フリカルス=ヌシヤムキ大将と海軍参謀本部次長ガルエル=モーリス大将が昔話をしていた。そこへ従兵が呼びに来た。

「長官、お時間です」

「長かったな…ここまでの人生」

「俺はまだだよ」

「はは、しかし、退任式がここでやるのも何かの縁だな。こいつも似たような目にあって、ここまで生き長らえているのだからな」

そう言ってフリカルスは<バーミリオン>の壁をこつんと叩いた。

「奇跡を呼ぶ無敵戦艦<バーミリオン>か…」

哀れむような目をしてガルエルがつぶやいた。

過去に何度と無く単独行動をとり、多くの戦果をあげたとされたこの戦艦を政府が利用しないことはなかった。いまから数十年後に起こる、オルフォスの裏側から発せられていた不自然な電磁波の原因となっていた者達…ダンレス星人とのファーストコンタクトのその日まで<バーミリオン>は“不滅の英雄”として現役であることを強要されつづけた。そして度を超した老朽化により“不滅の英雄”は自滅することとなる。

 

腕時計を見たフリカルスが声を多少張り上げて言った。

「ではいきますかな、海軍参謀本部次長殿!」

「参りましょうか。偉大なる英雄、フリカルス=ヌシヤムキ常備中央艦隊司令長官!」

 

 そして二人は艦内の廊下を日の当たる外へと向かって歩き出していった。

 

 

時空戦記 外伝一 −Condition of Hero−